つぶやきノート

日々のアレコレを記録してます

窮屈な理由

以前、派遣でレジのお仕事を紹介してもらった時、それはそれは簡単な導入で、レジの使い方をサクッと説明してもらって、「前もやってたんだよね、慣れればすぐ覚えるから、とりあえずやってみて、わからない事があればその辺にいる社員に聞いて」という感じで、研修らしい研修もなく、初日の1〜2時間だけ商品券やギフト券の説明と受け入れ方法などを教わっていきなり独り立ちだった。

 

同時期に入ったパートさんは困惑してたけど、私としては細かい事をあまり言われなかったので仕事がやりやすかった。

 

そこは結局、男性社員からのつきまとい問題でいろいろあったので辞めざるを得なかったけど…。

 

 

今の職場は、とにかく細かくて、ベテランのパートさんに見守ってもらいながらレジをやっているけど、「いま、右手でスキャンしたよね」「逆手になってるよ」「右のカゴと左のカゴの間からそれぞれ右手と左手が越えないように」と、やっている間中ずっと細かく指摘をされるので、言われれば言われるほど頭の中が真っ白になっていき、ほぼ思考停止状態。

 

思考が停止すると、教わったことなどできないので、今までのやり方に戻ってしまう。

すると、余計ガミガミ言われる。

 

混んでいるのにレジを停止してまで、お客さんの前で手の向きがどうこうと厳しく注意されるのだ…。

なんでこんなに怒られなきゃならないのかよくわからない。

 

お客様に迷惑かけたり、商品を雑に扱ったりしたら怒られるのはわかるけど、そうじゃない。

今私がこっぴどく注意を受けているのは、手の向きとか、スキャンの仕方が会社で決められたやり方でできていないから。手の向きは、お客さんからは見えない。自分のクセとかそのままでやっていいなら、スキャンスピードは決して遅くないし、むしろ早い方だ。

 

しかし、会社で決められた動かし方ができていないので、やっている間中注意され続けている。

 

ここで頑張ってできるようになれば、仕事を続けられるけど、定期的にスキャンの試験があるので、それに合格できないとまたガミガミ言われるんだろうなぁ。

 

会社の方針ていうのは仕方がないけど、とっても窮屈で窮屈で窮屈です。

 

今までやっていた経験を活かして働きたいと思ってたけど、県内のどこのスーパーに行ってもだいたいこんな感じなので、もういい加減この職種は諦めた方がいいのかもしれません。

 

コンビニなんかでは、カゴに入っている商品を全部機会が読み取ってくれて、袋にまで入れてくれるロボットが開発されて、一部の店舗で導入されているそうです。順次拡大予定だとか。

もちろん、人がやるよりも速い。正確さは、カゴに入っている品物の数や量にもよりそうだけど、近年は、レジ混雑の緩和を図るために、ずいぶんと機械化が進んだように思う。

 

レジに人員が必要とされなくなる時代が、このレジチェッカーという仕事に近いうちに訪れるのに、こんなことに拘ってなんの役に立つのか、ごちゃごちゃ考えずにその時に空いてる手を動かした方がやりやすいのでそれをいまさら変えるのも…大変すぎる。

 

そしてできるようになるまで注意されまくって、仕事に行くたびに落ち込んで、眠れなくなって…メンタル崩壊です。ロボットレジが導入されるより速い段階で、確実にやってくる。

 

そんなわけで、もう本当にこれで、この業界からは足を洗おうと決心した。

たぶん、この業界でどこへ行っても、求められるものは同じなのだろうと思うので。

 

言われたように右手と左手を動かすことができないんです。そして、それが絶対的に変えなければいけない必要性が、自分の中では理解できないんです。ここでこんなに無理して変えなくても、他に仕事探せばいいか、という頭があるので、変わる気がない。

 

甘えと頑固は自分を追い込むだけかもしれないけど、もう少しもがいてみよう。私にも頑張れば出来て、人の役に立てる仕事があるはず…。

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私の嫌いなマニュアル接客用語

あまりにもくだらない企画。

 

と、その接客が嫌いな理由を書いてみる。

 

すぐにネタがつきそうだな、これ。

 

 

 

では…。

★『いらっしゃいませ、ポイントカードはお持ちでしょうか?』

→たった今まで両手でカゴを持ってレジに並んでいて、やっと台の上に置けたのにいきなりポイントカードを出すように促された?もちろん持ってたら出すけど、どんだけせっかちなのと思う。配慮なさすぎ。

※某所で働いていた時はお客様を不快にさせるのでポイントカードや会員カードの有無は会計前に伺っていたお店もある。

 

 

★お会計が終わり、商品を受け取って「ありがとうございます」とお礼を言う私。

買い物する側でも、売ってもらってありがとうの気持ちで、できるだけありがとうございますと言うようにしているが、店員無言。

残念な店員だなぁと思って店を出ると、背後から『ありがとうございました』の声。

あぁ、マニュアル接客のお見送りパターンね。その場ではありがとうございましたと言わずにお客様が帰るときにかける接客用語です。

でもさ、買い物してくれたお客さんがありがとうって言ってるのスルーして、出て行くときに背中に向かって一方的に挨拶されて嬉しいもんかね。

挨拶ってそもそも何のためにするもんだっけ…。

 

 

★釣り銭がお札だったとき、数えるところまでは良かったんだけど、お札の向きを逆さまに返す店員は意外と多い。

もちろんお財布に逆さまにお金を入れてる人は5000円札が1000円札の上とか下とか、風水の観点からお札の向きもあえて逆さまに入れてる人もいますけど、それは個々の問題なので、本来はお札に印刷されている顔の向きがお客様から見て逆さまにならないようにお返しするべきかと。

ご祝儀袋に入れるお札の向きに風習がある日本人なのに、なぜお釣りのお札の向きに対する意識が向かないのか?それは、会社のマニュアルで決まっていないから、または、釣り銭機から出てくる向きで返すから、なのでしょうね。

 

 

本当にお客様に気持ち良くお買物していただきたいのなら、もっと改善できる部分がたくさんあるのに、マニュアルマニュアルだと、進歩がないんですよね。

工夫もない。

こういうふうにしたら今よりもっと良くなるんじゃないか、みたいなのが生まれない。

言われたことだけやっていればオーケーという風土。

お給料もらってるから言われたことだけはやる、私は、言われたことさえできないので、お給料がもらえないのです。

 

まぁ、負け犬の遠吠えみたいな記事ですが、とにかくマニュアル接客が嫌いだということです。するのもされるのも、いやです。

 

 

できない言い訳ばかりをするのもいいかげん嫌になってきたけど、嫌々ばかりで前に進めてない今日この頃。

 

自分の考える働き方と、会社に求められる働き方が正反対なのかもしれない。

別に、楽して稼ぎたいわけじゃないのに、いろいろ難しく考えすぎて行き詰まっているんだなぁ。

 

打開策はないものか。

郷に入れば郷に従え、それしか道はないのだろうか?

 

選択カットしたはずなのに全部消えの件

もう、こういうことが続くと書くのが嫌になるのだけど、確かに部分選択して選択した部分が青くなったのを確認して削除ボタン押したのにまた全部消えたの3回目?

 

記事を書くために費やした私の時間を返して〜〜〜。

 

どうせ、ろくなこと書いてなかっただろうと言われると確かにそうなんだけど。

 

会社のマニュアルの通り一遍なくだらなさについて書こうと思ってたけど、時間かけて書くのもくだらない内容なのでもういいかな。

 

何もかも、ガチガチに固められたマニュアルと、そういう接客が嫌いです。する方が嫌だけど、されるのもなんだかな…近くにマニュアル接客しない他の店があればそっちに行くかな。

 

マニュアル接客での差別化を図ろうとするスーパーが多いです。マニュアル接客しない方向で差別化すればいいのに。だって、接客にマニュアルなんていらないよね。

接客7大用語とか、クレーム対応も含めた接客の流れはあって然るべきだけど、なぜそこまで細かくギチギチに決めて徹底する必要があるんだろう?

 

従業員全員に同じサイズの服を着ろと言っているのと同じではないですか?着れない人もいるよね、もちろん。それは着れなかったら着れない人が悪いの?それとも着れるサイズを用意してない方が悪いの、どっちなの。

マニュアルを徹底するというのはつまり、そういう事だよね…。

 

でも、こういう考えが深く深く深〜く、根付いている土地で働くなら、考え方を変えていかなければいけないのだろうけど、本当にキツいです。

 

 

周りと合わない。

合わせられない。

合わせようとしても、次第に辛くなる。

考え方そのものを変えればいいのかもと思っても、なんだか自分を退化させているようで、とてもストレスを感じる。ので変えられないまま現在に至る。

 

抜け道はないものか。

 

もう、一切人と関わらずに済む仕事があればいいけど、そんなものはどこにもないので、なんとかして仕事見つけないとです。

 

お外で鳴いているフクロウさん、助けておくれ〜。

ここ最近、近くにフクロウが出ます。

ゴロツクホーホー。

 

時間の使い方についての検証

最近本を読んだりする時間がないというか、他のことが気になって本を読む気にならない。

 

改めて、自分が何に時間を使っているか書き出してみた。

 

起きて、ご飯の支度と洗い物。

おはぎちゃんにご飯をあげて、植物に水をやったり、仕事の時は出かける支度。

 

仕事と、仕事の報告

洗濯物

風呂

おはぎちゃんと遊ぶ

部屋の掃除

 

今後のスケジュールを立てたり、仕事の連絡メールなどを確認したり、作業を終えた店舗のデータを念のためPCに格納する。

ここいらへんは、できるだけ時間をかけずに済ませられるよう、時間を決めて、まとめて行うようにしている。毎日ではなく、2日おきとか、3日以内とかいったふうに。

緊急を要する連絡は個別に対応するけど、殆どないので、返信の期日を守ればオッケーだ。

何しろお店で作業している時間にしかお給料もらえないので、できるだけ時間をかけないように割り切ることにした。

 

 

話は戻って、時間の使い方…あとは仕事を探すために求人情報を閲覧。

気になる募集は申し込むけど、迷っているところはお気に入りに登録してみたり…

正直、最近は面接の直前で怖気付くことも多いし、車で片道1時間くらいかかる職場を選んだりすると、やっぱり通うの大変かなとか仕事で疲れて帰ってくるときに運転辛いかなとか、続けられるかなとか、いろんな不安が浮かんできて、結局辞退するケースもある。

 

そしてまた求人情報を眺める日々、時々、気分転換にスマホゲームをしたり、ネットサーフィン、これらはそこそこで切り上げるように心掛けているけど、まともに働いてない以上は求人情報を見ないで過ごすのは難しい…。

収入が減ると生活も苦しくなる、明日仕事に行くガソリン代さえ危うい時もある。

 

そんなわけで、日払い可能な仕事を探して、ここ数日はなんとかお仕事をもらえたし、来週は本業?のお仕事のお給料が入るのでだいぶマシにはなる。

 

とにかく仕事を探さなきゃって気持ちだけが先走って、実際仕事が見つかってもいろいろ考え過ぎてしまってやる気をなくしてしまう。

組織の中で働くことや、人間関係、お客さんとの関わり方も、不安ばかりが増長して、自分で自分を締めつけている。

 

もっと気楽に構えればやりやすいのかなと思ってスイッチを切り替えると、バイトだからいい加減な気持ちで仕事していると言われたりする。失礼極まりない。

やる気満々でバリバリに張り切ったって、仕事の成果が大きいかと言うとそんなことはなかったりする。逆にミスが増える。

適度に肩の力を抜いて、リラックスした方が生産性が上がるケースが多い。

でも、こういう仕組みを理解できない人がとても多い。そこにストレスの発生する原因があるように思う。

 

それはおしゃべりしながらダラダラ仕事する事とは全く違うが、マラソンに例えるなら、喋りながら走ってる人は中間地点にたどり着く前にへばるし、前半飛ばしすぎるとやはり中間地点過ぎたあたりでスタミナが切れ始める。

自分のペースを守って走ることが完走かつ良いタイムを出せる秘訣だ。序盤はウォーミングアップの走り、どんなに周りに追い越されても焦らず自分のペース守ること。中間地点あたりから自分の体力と残りの距離を考えながら徐々に加速していく。

仕事も同じだ。全体量と勤務時間と体力と、一緒に組む人がいるなら相手とのペースの合わせ方や声かけに至るまで計算して、その中で段取りよく、効率を考えながら作業を進める。

話は戻るが、肩に力が入りすぎるとこれらのことがバランスよくできなくなる。

 

それから、一番大切なのは、できる人に合わせて仕組みを作るのではなく、できない人(言い方は失礼だがわかりやすく伝わる表現を選んだ)に合わせて仕組みを作ることが大切だと思う。

今まで働いてきたどこの企業も、この仕組みができていなくて、できない人のかげ口を言ったりする人が多い。指導の仕方が悪かったり、人それぞれやり方がバラバラで教わる度に違うことを言われる…そして何かミスが起きると、〜〜って言ったよね?と、相手を責める。

 

私はこの「〜〜って言ったよね」という言葉を使う人がとても嫌いだ。

言ったけどちゃんと伝わってなかったなら、あなたの伝え方も悪かったんじゃないの?と、思うのだが、そういう言葉を使う人はだいたい自分は悪くないと思っている。

こういう上司がいる場合、その職場は最悪だ。

この言葉を発した瞬間から、私の中でその人に対する信頼は撃墜する。

こんな人と一緒に働きたくないし、上司とも思えない、そして辞めるという結論を出してしまう。

 

そしてまた仕事を探すために朝から晩まで求人情報を見続ける羽目になるのだ。

うーん、非効率かつ非生産的だ。

ここいらへんをうまくすり合わせる方法を見つけなくては。

あと、面接では雰囲気良かったけど働き始めると態度が違うなんてこともよくあるので、まぁ違うなと思ったら我慢せずさっさとやめて、次を探した方が良いと思う。

根気よく探し続ければ、見つかるかもしれない。そのうち面倒になって妥協できるようになるかもしれない。どちらにしても、定職に就ければ生活は安定するので良いと思う。

 

それにしても…昨日今日と、私の記事はくだらない愚痴ばかりだ。我ながら情けないけど、少しずつ自分の中で消化はできているので良しとしよう。

 

傍目に見苦しい愚痴も、自分で読み返して客観視できてれば書いた意味があったってことで。

正当性の証明は自分を守る盾である

少し前から気にはなっていたけど、最近忘れっぽい?

やろうと思っていたことを忘れて、思い出すこともあれば、さっきやった作業(主に、仕事の流れ作業の部分)をまるっきり思い出せないこともある。

 

そこはおそらく、流れ作業なのでほとんど意識していないせいもある。

例えば、箱の中にある商品のバーコードを機械で読み取らせる作業だったら、商品の取り扱いを慎重にとか個数を数えたりする方には意識が行くけど、商品そのものがなんなのかはいちいち見ない覚えていない、ということだ。

こういう作業をしている最中の細かいことは、たいてい忘れてしまう。

 

コンビニで商品の品出しをしている時は、商品名を見ながら補充するので何を何個くらい出したかとか、前回補充した時の様子を覚えていて、売れ行きが良いとか悪いとか気にしたりはするけれど…

 

つまり、箱から出して機械で商品を読ませるだけの作業には、記憶に残す必要性がないということだ。データは機械で管理される。でも、手作業での補充になると人が商品名とかを記憶しながら行うので、記憶に残りやすいのかも。

なにより、これ売れてるな〜とか、これはぜんぜん売れなくなったとか、そういうことを考えるのが小売店の仕事なので、もちろんデータでも全体の売れ数は見れるんだけど、売れてるものをその場でフェイス拡大したりする作業をつなげて考えると、記憶しておいた方が作業効率がいい。

ずっと小売の仕事をしていたので、商品の動向を意識するのはクセなのだろうなと思う。

こういうふうに脳が働くように習慣づけられたからだろう。訓練されたというか、訓練したのだ。

 

 

商品のバーコードを機械で読み取らせる作業そのものには、その作業効率を上げるための取り組みは必要だと思うが、どんな商品だったかを記憶することにはあまり意味がない。

特に、細かい商品を何百個も扱うとなると、覚えきれないし、そういうのは機械がやってくれる。

そういう効率や確実性を上げるために会社は高い経費をかけていろんな機材やシステムを導入しているので、役割分担じゃないけど、人が行うべきところと、機械が行うべきところが明確に分かれているわけだ。

 

だがしかし…ついさっきやった作業のことを思い出せない時がある。もう完全に流れ作業で、一日中同じことを何百回と繰り返し行なっていると、どれをやって、どれをやってないのか混乱するとこがたまにある。

これは…おかしいことではなく、普通のことだよなぁと思うのだが…ちょっと腹の立つことがあったので、言い訳がましく自分なりの考えを整理してみた。

 

 

まぁ、そもそも、日雇い派遣の就業先で起きた事だし、不快なことを言ってきた所長も部下に暴言吐きまくりのパワハラ上司なので気にすることはないはずなんだけど、日雇い派遣の手を借りないと作業が回らないのに「どうせバイトだからと思って軽い気持ちでやってるんだろうけど」とか言われて非常に腹が立った。

 

確かに働かせてもらってるけど、なんなの、その決めつけ…それに、就業先の長だからって、あなたが人間としてそんなに偉いわけじゃないでしょう。なんなのよ、その見下し感…。

 

私はお給料という対価をもらって、それに見合った働きをするために来てるのに、なんでパワハラまで受けなきゃなんないの。

やる気満々で仕事に従事してればミスは起きないとでも言いたげな物言い。

1日目から、ここはどうしてこんなに効率の悪いやり方で作業してるのかな〜と思ってたけど、たぶんワンマン所長の視野が狭いから業務改善ができない風通しの悪い職場なんだな〜と理解した。

 

こんな悪口書いても別にモヤモヤが消えるわけじゃないけど、私が悪いわけじゃないと納得したくて、とりあえず書いてみた。

 

悪いけどね、入って間もないって言ってたパートさんよりはキビキビやってましたよ。パートさんが機械の操作がわからないというので、なぜか派遣されて2日目なのに私がやり方教えてたし…仕事だって正確さとかスピード考えて業務にあたってるのに、なんでそんなこと言われなきゃならないの?と思う。

 

正社員やパートさんすべてがやる気に満ち溢れて向上心があって…とはこれっぽっちも思えない職場で所長だからって威張り散らして、人の話も聞かず、きちんと作業を教える仕組みも作れないくせにダメ出ししてくるとか…自分の無能を私のせいにするな、と言いたい。

 

だから、こういう会社では絶対に働きたくないです。どんなに時給が良くても…ムリだから。

でも、こういう企業が多いんだよな〜本当に。

 

仕事、とりあえずは巡回作業があるけど、お仕事の多い時期と少ない時期があるし、案件の数も報酬金額もまちまちなので、もうひとつくらいは安定した仕事が欲しいけど、続けられそうな気がしない。

 

でも、この不安とか、いろんな憤りも、先に述べた記事の過敏になっている、ということなのかもしれないなぁ。

気にしすぎなんだよね、いろいろ。

 

あんな所長に言われたこともいちいち気にすることないんだろうな…視野が狭くて無知で指導力低い人ってどうして攻撃的で相手を見下すような言い方をして傷つけるのかなぁ。

優位に立ちたいのだろうか、自分が所長としての器ではないことを無意識的には理解していて、相手を貶めることで自分が優位だと思いたいのだろうか。

こういう人っていつまで経ってもハダカの王様なんだよね。結局。

 

私のやってるこの行為も、まぁ似たようなもんなんだけど…自分を守るために自己を正当化して、自分なりの正義を貫いてるんだよね。

 

ただ、違うのは、あの所長は私を傷つける暴言を私に向かって吐いたけど、私は自分の中で消化しようとしてるってこと…ブログには書いてるけど、何もかも伏せてるし、あくまでも消化です。

 

結局、こんなこと考えてたら久しぶりに眠れなくなった。あと2回、行かなきゃならないけど嫌だなぁ。

 

 

恐れや不安を増長する考え方のクセ

人は…いや、少なくとも私にとっては、自分が恐れているもの、不安なものを常に意識してしまうクセがある。

 

それは、天気予報のアプリをいくつか入れていて、使いやすさとか必要な情報の正確さについて検証したいと思い、あれこれいじくっている時に気づいたことだ。

 

忘れないように書き留めておこうと思う。

 

 

どういうことか…?

つまり、地震速報を見て毎日を過ごしているとしたら、何が起きるか。

普段あまり意識しなかったり、寝ている時に起きた地震を細かくチェックするにつれて、ちょっとした揺れにも過敏になるだろうということ。

 

天気もそうだ。明日は雨が降る…とか、意識しすぎると、少しの雨が降っただけでもそれに対しての反応が過敏になる。

 

正直、私は明日の天気など気にならない方だ。

友達や家族とどこかに出かけるなどの時や、山に行くとかだったら多少調べたりはするが、雨が降ったからといって憂鬱になったりはしない。むしろ雨は好きだし、雪も好きだ。

 

でも、車で県内を回るような仕事をしていると、雪はもちろん、雨でも、遠くに行く時はワイパーやライト、エアコンをつけるとガソリン代がかさむので、お天気の良くない日に遠方に行くのは止めることにしている。峠越えで滑ったりしても危ないし。なので、とりあえずそういった情報をもとに明日の予定を考えるために天気予報アプリを入れているのだが…

 

私としては今更だけど、偏頭痛と気圧の関係について、改めて検証してみようと思い、いくつかのアプリを見ていたら、地震速報が付いているものがあって、先に述べたようなことに気がついたのだ。

 

過敏になりすぎると、余計な不安を掻き立てるだけでなく、本来気にしないような細かいことまで意識しすぎて精神的に参ってしまう。

 

毎日地震速報を見て気づかなかった小さな揺れのことまで意識するようになると、揺れてはいなくても揺れているように感じることも増えてくるだろうと思う。

この、実際には揺れていなくても、揺れているように感じる、という現象が増え始めると、過敏になりすぎて神経をすり減らすだけで、良いことは何もないのではないかと思う。

 

地震を例えにしたが、これを他のことに充てはめることもできる。対人関係においてのいろんなアレコレとか、気にし始めると際限なく増長していくのだ。

この悪いスパイラルを断ち切るには、少し、人と距離を置くように生活することで感情の振り幅が小さくなり、自分を見つめ直す時間ができるように思う。

 

何かが辛いなぁって思ったら、一度断ち切ってみるか、距離を置くか、時間を置くかしてみて、じっくり様子を伺ってみるのがいいと思う。

他人の反応やうわさ話とか、人にどう思われているか気になりすぎて辛い時は、できるだけそれらの物事に触れる機会や時間を減らすことだ。

SNS断ちもそうだけど、他人の反応ばかりを気にして生きるのは辛いから、そういうのを減らして、自分の内面の豊かさを養うべきだと思う。

改めて、こうして文章にすることで、最近これらのことが疎かになっていたことに気付く。

 

なんとなく、で続けているけどあまり意味のないゲームとか、ドラマの放送とか、そういう時間を減らして…本でも読もう。

東京にいた時は電車で移動中によく本を読んでたけど、こっちに来てからはあんまり読まなくなったなぁ。部屋にいると気になることが多くて、別のことばかりしてしまう。

これも、何かに過敏になっているのかもしれない、ゆっくり本を読む時間を作れるようにするには何が必要かな…。

何か思いついたらまた書くことにしよう。

 

私の生き方の中心にあるもの

またもやアクセスうなぎ登り。

本当に大したこと書いてないのに、アクセス数がやたら多い日がたまにある。

 

おそらくシンプルライフとかミニマリストとか生前整理というワードが含まれているからだと思うけど…。

せっかく見にきてくださった方には申し訳ないけれど、ぜんぜん巷で見かけるようなお洒落なシンプルライフブログじゃないし、びっくりされるようなミニマリストでもない、生前整理は心掛けて暮らしているけど、やっぱり仕事とかに関係した荷物が増えつつある今日この頃。

 

日々試行錯誤を繰り返し、より良く生活できるようにとは思っていますが、あまり参考になるようなことは書いてない。

 

 

でもせっかくなので、自分の生活をちょっとふりかえってみた。

私の目指す生き方は今まで読んできた本に影響されている。

ドミニックローホーさんの「シンプルに生きる」も読んだけど、いちばん影響受けてるのは、枡野俊明さんのこの本かもしれない。

 

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出会えて良かった本。

 

この方は海外でもものすごく有名な庭園デザイナーで、曹洞宗のお寺の住職さんです。

タイトルには片づけ術ってあるけれど、生き方や暮らし方を見直すためのアドバイスで、とても分かりやすくて読みやすくて面白いです。

 

暮らし方を見直すためには、考え方も変えていかなければならないわけで、考え方が変わらないのに物だけ減らしても結局また増えてしまう。リバウンドってやつです。

 

だから、シンプルライフの原点とも言える禅の精神を学ぶことで自分が目指したいものがなんなのかを考えるきっかけになるのではと思う。

 

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私は、ニャンコと幸せに暮らせる空間を大切にしたい。

寛ぎと効率と快適、そして清潔。

これについての詳細は覚えてたらそのうち書こう。

 

 

あとは、思想について、ジョン・キムさんの本はとてもとてもとても共感できた。

 

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周りと同じ様に、または、周りから望まれるように生きることができなくて、とても辛かった時に読んだ本。すごく救われた。

 

人生という道に迷ったら、読んでみるといいかもしれない。私も時々読み返したくなる。確認の意味で。

 

もちろん今抱えている悩み全てに対する答えが見つかるわけじゃないけれど、いきなり全てはわからないから生きる理由や意味があるのかもしれない。

もちろん人それぞれ違うから、誰かの答えは自分のものではないし…それを知りたくて、探し続けるために生きていくんだろうな。

 

シンプルライフも自分らしい生き方を追求し続けること。ものとの関わりの中で自分を見つめ直すこと。なのかなぁ。

スマホアプリの更新…。

昨日から、文章編集中に部分カットしたつもりが文章全部消えるとか、ショックな現象が立て続けに起きているので更新するのが億劫だ。

 

一度ならず、二度までも…

私の操作ミスなの?

何書いてたか細かいところまでは思い出せないのでまた気が向いたら書くことにしよう…。

 

 

今日は風が強くて、窓がビュービューいってます。

 

今日はお休みなので朝からゲームしたり求人情報見たり、のんびりしてます。

 

おはぎちゃんは私の膝の上や、足元でゴロゴロまったり。

 

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膝の上で、甘えん坊モード。

今朝は私の手に飛びかかってきてカミカミしまくりだったのに…この甘えようったら。

 

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伸びからの…

 

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でろーーーん。 

 

今週は月曜日からずっと仕事と報告で構ってあげられなかったので、久しぶりにまったり過ごせて良かったです。

合理と不合理のバランス

台所に立って洗い物をしていると、いろいろな考えが浮かんでくる。

お風呂場でシャワーを浴びている時もだけど、水の流れには停滞している思考を押し流してくれるような作用があるように思う。

 

ここ数日、仕事の不合理な部分について考えている。

取引先によって作業内容や報告形態が違うのは仕方がないけれど、それに対する報酬が見合ってない案件がいくつかあるなぁということ。

 

指定された店舗に行って作業を行い、作業当日にPCやスマホから報告をするというお仕事を扱っている会社はたくさんあって、いくつかの会社を掛け持ちでやってみると、『〇件いくら』という報酬のところは、作業内容に見合った報酬設定で報告もシンプルな形式になっているが、私が1月から始めたある会社の報酬は、店舗での滞在時間(作業時間)に対してのみ報酬が支払われるので作業の時間が短くなればなるほど賃金が安くなる。しかしそれに対して報告の形式がシンプルかといえば、そんなことはなかったりする。

かといって、作業に時間をかけすぎるとそれはそれでNGなので、その案件のその店舗の規模にあった作業時間で業務を終わらせなければならない。

 

はっきり言って、報酬はわずかなものだ。

それでも、コンビニの時みたいにまるっきり気の合わない人と一緒に働かなければならないとかでもないし、仕事の内容的に、取引先の方との人間関係であれこれ悩むようなケースもほぼないだろうと思われる。

基本的には一人で巡回して作業して報告して、それを上司がチェックするので上司との関係性は重要だが気に病むようなことは今のところない。

というか、コンビニを辞めてからは仕事のことで悩んで眠れないということはなくなったのでメンタルが安定しているという点だけでも大きな収穫ではある。

 

問題は、月に一度しかない店舗巡回作業の店舗滞在時間に対してしか賃金が発生しないのにもかかわらず、打ち合わせやメール・電話での連絡、急な飛び込みの案件と事前準備などに時間を割かれすぎ、それに対しては一切給料が発生しないことだ。

また、急な飛び込み案件も報酬が少ないわりにリスクが高かったりする。

交通費も出ない覆面調査なのにお店の写真(指定箇所全部)撮って来いって・・・無茶でしょ・・・変に思われたら私が今後買い物に行くときに困るので、そんな安い報酬でリスク高すぎる。

 

割に合わない案件は断ろうかなぁとか、いろいろ考えてはみたものの、割に合わない仕事も上司との信頼関係を築いていく上では必要なのだろうし、世の中全て合理的なものだけで成り立っているわけではないので、仕事も、多少割に合わないものでも消化していかなければならないのかもしれない。

 

ただ、無給の部分に関しては、あまり自分の時間を取られすぎたり賃金に対して見合っていない内容が継続的であるなら、今後のことを考えていかなければならないと思う。

あまりストレスを感じずに働ける環境ではあるけれど、労働内容に対して報酬設定は適切でなければ。

 

そう思う反面、世の中のすべてが陰と陽、プラスとマイナス、正と負、そういったバランスで成り立っているならば、不合理なものと合理なもので成り立っている仕事を受容する必要があるのかもしれない。

田舎暮らしの快適さと私の台所

田舎暮らしを真面目に始めてからは、自炊をするようになった。


こちらに移住してすぐの頃はコンビニで働いていたので廃棄のお弁当もらいまくりで、そればかり食べていたし容器のゴミでゴミ箱がすぐにいっぱいになってしまったけど、仕事も変わって廃棄弁当も貰えなくなったし、生活費が厳しいので自炊。


ファミレスやファーストフードのお店も10km以上離れているし、ほとんど行かなくなった。


家の近くにはコンビニがそこそこあるけど、お弁当やおにぎりはとにかく高いし、バイト時代にやや食べ飽きたし、お金もないし、昔ほど食べたいと思わなくなってしまった。

これは良いことだと思う。


食事はお米やパスタ、うどんなどをローテーションで食べる。たまにインスタントのラーメンも作るけど一食あたりの単価が高いので多くても1ヶ月に10食くらいかな?


味噌汁をなるべく作って飲むようにしている。
ごく簡単なもので、基本は乾燥ワカメ。
野菜があるときはもう少し具を入れる。油揚げを切ってチャック付きポリ袋とかに入れて冷凍しておいて、少しずつ使ったりもする。

でも最近はほぼワカメのみ。

何もないよりはずっと良い。

 

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自分仕様の台所。

使用頻度の高いもので、鍋とかはしまい場所が少ないのでぶら下げてみた。

料理する人のキッチンぽい。

 

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これが現在の食器棚と炊飯器、コーヒーメーカーやシャトルシェフにお米などの棚。

アフターです。

 

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先月まではこんな感じだった。

この電子レンジの乗っているエレクターは組み替えて反対側に設置した。

棚板とポールが追加で欲しいですが、様子見でしばらくこのまま我慢して使うつもり。

 

 最近は台所に立つのが楽しい。

今までは後片付けが面倒で洗い物をためてしまうこともあったけど、最近はおはぎ氏が台所のシンクに入り浸りで、いろいろ舐めたりするとこわいので、汚れたものは置けなくなってしまった。

けど、おはぎちゃんのおかげで台所はいつも綺麗にするようになったので良しとしよう。

 

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とにかく台所が大好きなおはぎ氏。

毎日パトロールしてくれてます。

この足で布団に上がるので、油物や汚れ物はすぐに洗ってシンク内もこまめに掃除しています。

 

東京に居たときはお店がたくさんあったけど、この辺は食べるところも少ないし、外食するほど生活費に余裕もないので滅多に行かなくなりました。

そのぶん、台所に立つ時間やおはぎちゃんと過ごす時間も増えたし、家の中をカフェみたいにして楽しんでるので満足してます。

 

東京での一人暮らしは孤独感が強くて、家で一人で過ごす時間がさみしく感じるときもあった。

夜遅くまで活動している街、深夜にツタヤに行ったり、ファミレスに行ったり、コンビニに行ったり。夜遅くまで働いていたせいもあるけど、夏なんかは夜涼しくなってから散歩がてら深夜までやっているお店をぶらぶらしたり、仕事が終わってからまっすぐ帰らずに深夜営業のファミレスでごはんを食べたりしていた。

 

 特に誰かと話すとか知り合うとかではなくて、人のいる場所に行くことで多少なりとも孤独感が薄れていたように錯覚していたが、実際は今よりも人と接する機会は多かった。今はあまり孤独だと思わないのは家族の近くで生活しているからかもしれない。

 

父は家にいるし、妹や甥っ子姪っ子も少し車を走らせればいつでも会えるところにいる。
家族ってやっぱり大切だ。
ゴミだらけの家だとしても、家族がいるのといないのとではさみしさが違う。

 

 

他に考えられる理由として、田舎では、たいてい朝早くて、夕方くらいには皆家に帰ってゆっくりするようだ。
コンビニで働いていたときも、夕方までは混むけど夜はさっぱりお客さんが来なかった。

車で走っていても、夜はほとんど出歩く人がいない。
ちなみに土曜日や日曜日も仕事や農作業以外は皆家でのんびりするらしく、暇だからといってぶらぶらする人は少ないみたい。
何しろ車が外を走っていないのだ、ほとんど。いや、ぜんぜんだ。

そういう生活だから、私も夜は自宅でのんびり過ごす。さみしくて街を徘徊する必要もないのだ。夜出歩いても誰もいない。それどころか獣が出歩いているのでちょっとこわい。

 

 

仕事での収入が減って、生活がシンプルになった。本当に必要なものしか買えないから、買う前にちゃんと考える。

買ったものはきちんと使う(食べ物を腐らせたり賞味期限切れで捨てるなんてこともない)。

手早く便利より、多少手間はかかっても、安くて使い道の多い食材を選んだりするようになった。

 

わかりやすいところでいうと、ホットケーキミックスを買わずに小麦粉から作るということだ。東京に居たときはそんなめんどくさいことあまり考えなかったし、そこまでしなくても生活していけるだけの収入もあったし、探せばいくらでも仕事があった。

 

やっぱり仕事というか、働き口が少なくて、最低賃金も東京よりだいぶ低くて、そういう環境で生活していくにはより質素なものを選ぶようになってきた…というかそうならないと生活できないってことなのだろうな。

 

たくさん稼いでたくさん使うよりも、少し稼いで少し使う方が楽だし、たくさん稼ぐためには時間や労力、体力、精神力をたくさん使う…そんな働き方はもうやめよう。

 

田舎で暮らし始めて成長できた部分がたくさんある。とはいえこれでまた東京で暮らすとなっても、たぶん無理だろうな。

時間の流れがまったく違う世界のようです。

 

ここでは、1日が26時間くらいあるみたいな感じ。大げさにいうと、30時間かもしれない。誇張しすぎかな?

 

隠遁生活ばんざい。