頑張ったご褒美
下書き保存したはずの記事が消えたの2回目。
アプリの不具合?
今までこんなことなかったのになぁ。
いつぞやのアップデート以来変な感じです。
昨日仕込みをしっかりやって、作業手順を練りに練ったおかげで、今日は棚替えを1時間短縮できたので、代わりにクリンリネスをしっかりやって、大満足の出来栄えでした。
早く終わったので、明るいうちに帰れる〜。
桃の花がきれいだったので、丘の上の公園まで、ちょいと寄り道。
ところどころ、桃の畑があって街がピンク色に染まっています。
とても良いお天気で、空も抜けてて気持ちがいい。
うちの庭先から、夕焼け。
明日も頑張ろう。
あそびという余白
何事にも、余白…遊びが必要だなと改めて思う。
びっちり、ピッタリでは、詰まったり切れたりしてしまう。
ブレーキにも、アクセルにも、どんな精巧な機械にもたいてい、あそびと呼ばれるゆとり部分がある。
そんなわけで、今日は少し寄り道して、桜を見てきた。
ほんの2、3分くらいだけど、これがあると気持ちにゆとりが生まれる。
撮影ポイントを探してウロウロしていたら、車を出そうそしていた老夫婦がいたので軽く会釈をすると、「しっかり撮って〜」と声をかけてくださった。
見ず知らずの方とのこういう交流も、来てよかったなぁと思わせる。
何気ないこと、意味のない会話だけれど、心を暖かくする。仕事場での人間関係も、もう少し柔らかであればいいのに、凝り固まったものでぶつかってくるから防御しきれない。
ともあれ、今日はお天気。
春爛漫だな。
リハビリ中の働き方
どうも体調が悪いので、今日は自宅で仕込み。
こんな状態で届く販促物のダンボールやビニール袋などを外して、棚割りの段ごとに資材を分けたり、貼れるものは貼って、組み立てられるものは組み立てておく。
自分の車で運ぶのであまり大げさに梱包しなくても、ぐちゃぐちゃにならないように輪ゴムや開封した後のビニール袋をうまく使って…
左側が棚の上段、右に行くにつれて下段の資材とまとめた。
その際に出たゴミ。
お店でゴミを出してもらうことももちろんできるけど、店頭でこの作業をすると、どんなに速い人でもおそらく1時間と(私は頑張っても2時間はかかるかな)、ゴミの分別や捨てる場所を確認したり、余計に時間や手間がかかる。
自宅でゆっくり棚割りや指示書を確認しながら荷造りすれば、予行演習にもなるし、あとは棚を並べ替えて出すだけなのでだいぶ楽。
正直、こういう作業は楽しい。
ダンボールを開けたり、あれこれ準備するのも、前回ここが手間取ったから次はこういうふうにやったらもっと良くなるんじゃないかと考えながら作業をするのが楽しい。
某タバコメーカーのラウンダーがとても高待遇だったのに驚き、ここで経験積んでおけば、もっと待遇の良い会社で募集があった時に有利なのではと思って始めたけれど、こういう地味な?作業は意外と向いている気もする。
時々、このままじゃダメだ〜とか思って焦る気持ちもあるけれど、今は焦らず、ゆっくりじっくりやっていこうと思う。
将来のことを考えなさすぎても考えすぎてもしょうがないので、今の自分にできることをやって、自信や経験を積み重ねていくことが大切なんじゃないかと思います。
今ここを生きる。
先を見据えることも大事だけど、今まで今を疎かにしていたので、もっとちゃんと今を生きようと思います。
おはぎちゃんもたくさんお手伝いしてくれました。
帰りが遅くなると、この子にもさみしい思いをさせるので、今のお仕事は本当にありがたいです。
やっぱりCとAが大事だと思う。
今日は(というか、もう昨日だけど)新しい巡回のお仕事。単発だけど、今までやってきた中でいちばん大変だった。
先日、5時間くらいかけて、自宅で事前準備をした。
什器(商品を陳列する専用の棚)に貼りつける販促品やPOPなどを棚ごとに分けたり、棚のパターンによって使うものと使わないものがあるので分別したり、指示書を見ながらどんな手順で作業を進めるか、イメージしながら荷造りした。
今日、実際にお店に行って驚いたのは、什器云々ではなく、ものすごく棚が汚くて、掃除に時間がかかりすぎたこと…。
特に口紅のテスターとかが、什器にこびりついていて、拭き取るのが大変だった。
さらに、埃が舞う舞う、ひな壇みたいになっているので、ハンディワイパーで拭いたくらいでは取れない埃の量…。
でも、棚替えだけでもものすごい時間がかかるのに、清掃まで完璧にやってたら何時間あっても終わらない。
結局、巡回の目的は棚替えなので、そこに重点を置いて(実際、清掃に関してはあまり細かく指示が出ていない)指示書の通りにきちんと棚を作って、その他の調査項目をきちんと調べるだけでも3時間はかかるので、あとは適度に…妥協しておいた。
さすがに慣れない作業と、今日は気圧のせいか、体調もあまり良くなく、ご飯も食べずに長時間売り場で作業していたのでけっこう疲れてしまった。
朝ごはんも昼ごはんも食べそびれ、空腹すぎて夜は軽めに済ませた。
食事は大事だなぁと改めて思う。
そして帰宅して、車を止めて玄関のある庭に出たら、月がとてもキレイだった。
まぁるい月の周りに、輪っかがかかったような、写真ではぼやけてるけど、とても感動的なお月様でした。
帰ってきて、スマホからの報告を済ませて、次の巡回でもっと手際よく作業を進めるためにはどういうふうにやったらいいかな〜と、指示書を見直しながらあれこれ考えてメモを取る。
PDCAで言うところの、チェックですね。
PDができても、CAがないとサイクルできないのでね。
今月はあと4件あるので、もっと速くキレイに終わらせられるように頑張ろう。
我が家のガジュマル君が新しい芽を出してくれました。
昨年秋に少し剪定して、冬の間はもうちょっと根を張って欲しいな〜と思って…。
根っこがどんな状態かはわかりませんが、新しい芽が出てくれて嬉しいです。
寒冷地なのに、よく枯れずに育ってくれてるなぁ。これからもよろしく。
今日はそれなりに頑張った!
よく眠れるといいなぁ。
生かされているということ
沈んだ気持ちで夕焼けを眺めながらぼんやりと過ごして、その時の気持ちそのままにブログを書いた。
その後は、バッハの無伴奏チェロ組曲を聴きながら、先日購入して棚に置きっ放しだった本を読み始めると、不思議なことに、鬱々とした気持ちが、清々しいくらいの爽やかな言葉によって吹き飛ばされてしまった。
なんて単純な…と、自分でも思うのですが、実際そうだったので、どうして今までこの本を読まずに居たんだろうとも思った。
今の私だから、この言葉を受け止めることができているのかもしれない。
とにかく、気持ちのスイッチが切り替わったので、音楽をドビュッシーの月の光にして、また本を読み進める。
ふと、美しい音色に包まれて、このまま息絶えてしまってもいいように思える…。
目を閉じて、天井から首を吊る自分の姿を想像してみる…。
発情期のおはぎちゃんが鳴きながら部屋中を走り回る音が聴こえる。
小さくて、暖かい、私の鼻の頭や手をペロペロと舐めてくれる、親愛の情に満ちた優しい子。
この子をひとりぼっちにさせてなるものか…と、思うと涙が出てくる。
大切な人も…向こうがどのくらい私を想っているかはわからないけれど、私が居なくなったら辛いことがあった時、抱きしめてあげることもできなくなる。
妹も、母や弟と、私まで居なくなったらどんなに悲しむだろう。それに、甥っ子達にとって良き理解者であろうとしている私が居なくなったら…?
大切な人達のことを考えたら、涙と鼻水が止まらなくなって、死んでる場合じゃないぞって思った。
でも、重要なのは、彼らにとって私が必要であるかどうかではなく、私にとって彼らが必要なのだ。
私が大切だと思う人たちによって、私が生かされている。
おはぎちゃんのために生きているのではなく、おはぎちゃんが居てくれるから生きていけるのだ。
私の大切な人たち、私に命を与えてくれてありがとう。ちゃんと全うして、いつかこのご恩が返せるようになるから、見守っていてね。
うん、大丈夫だ。
私は生きる気力を取り戻した。
書斎のお気に入り本棚の前で。
このあと座布団とクッションにシッコしちゃったおはぎちゃん。
怒られて?しょんぼり中…?のおはぎちゃん。ティーポットを置く鍋敷きに鎮座。
発情期のせいか、枕や布団の上等々、あちこちでオシッコするので洗濯が大変です。
父に怒鳴られるよりおはぎちゃんのオシッコの方がよっぽどいいですけど。
怒りを撒き散らすひと
ものすごい怒りのエネルギーをぶつけてくる人がたまにいる。
相手構わず、理由も些細なことだったりする。
当事者にしてみれば大きな問題かもしれないけど、だからって頭ごなしに怒鳴りつけられても、その人の言い分は相手の心には届かない。
うちの父もこういうタイプの人間だ。
家族で出かけた時も、気に入らないことがあると所構わず相手構わず怒鳴り散らす。
いや、相手は選んでいるかもしれない…。歯向かって来なそう(来れなそう)な人を…。
こういう怒りのエネルギーは、なんていうか、ぶつけられた人にしてみればトラウマにしかならない。
私は…何もかも嫌になって、死んでしまいたくなる。父に怒鳴られるのなんてもうウンザリだ。どうしてこんなにも追いつめ追い込んで苦しめるのだろう。
母や弟が死んで悲しみにくれたように生活していても、こういうところは直らない…。
もうウンザリだ。いっそのこと…、と思ってしまう。
でも、それを思いとどまらせてくれるのは、おはぎちゃんの存在と、妹の存在だ。
最近はメンタルも安定していて調子がいいなーと思っていても、こういったことがあると途端にドン底に叩きつけられるのだ。
家族なのに、なんでだろうって思う。
でも、死ぬくらいなら、何もかも捨てて、この場所から飛び出して、新しく生き直したいと思う。もちろんおはぎちゃんも一緒に。
久しぶりに西窓からの夕焼けを眺めながら、心を鎮める。
家は必要だけど、命さえあれば家がなくてもなんとかなる。
おはぎちゃんと2人で暮らせる場所があれば、どこにだって行ける。
仕事は…正直しんどいけど、これからどうしようかなぁ。今の私じゃ部屋を借りて生活していけるだけの収入が稼げないなぁ。
やっぱり我慢…なのかなぁ。
有意義な週末の過ごし方
今日も平和。
昨日からずっと春支度。
毛布やソファカバー、布団カバーなどを洗濯して、あちこち掃除機をかけて、ニットやタートルネックなども片付けた。
昼間は半袖でもいいくらいに暖かい。
今日は風が強かったので窓を開けっ放しにしておくと少し肌寒いが、季節の変わり目は家の中の空気の入れ替えをしっかりしておきたい。
日が落ちると寒いのでホットカーペットはまだ手放せない。
掃除機の音がおさまってようやくのんびりできたおはぎちゃん。
カフェテーブルの足元に平行して寝ていた。
相変わらず面白い寝相だ。
夜は来週から始まる業務の事前準備、初めての作業なので指示書を見ながら販促品のチェックとセットできるものは予めやってしまう。
どかしたダンボールの隙間からこちらを覗くおはぎちゃん…。
見守ってくれてます。
応援してくれてます。
もう直ぐ終わるから待っててね〜と声をかけながら、長時間座りすぎて痛くなった足を叩く…。
2店舗分の事前準備に約5時間?
座りながらだったし、途中洗濯機やったりお茶の準備したりだったけど、結構かかったなぁ。
でもこれをやっておけば作業イメージができるので、お店での作業がスムーズにできるはずです。
今日は腰が痛いので作業は終わり。
明日のためにそろそろ寝ようかな。
おはぎちゃんも眠たそう。
私が布団に入るのをまだかなーと待っていてくれてます。
今週は、やろうと思っていたことをだいたいできた。
後回しにしていたこともそれなりにできた。
なかなか良い週末だったと思います。
明日から(というかもう今日だけど)頑張ろう〜。
私のコーヒー事情
今日は土曜日なのでお休み。
最近土日は働く気力がわかない…今までは土日働くのが普通だったのに、年齢的なものだろうか、それとも私がぐうたらなのだろうか。
いつまでも布団にいると、おはぎちゃんが早く起きろと言わんばかりに起こしにくる。
今日は敷布団カバーの下に潜り込んでバリバリと爪をといで…かわいく?起こしてくれました。
はい、すみません、起きます。
睡眠を邪魔されるのが嫌いな私でも、この子にはちっとも怒る気がしない。
すっかりメロメロで毎日ゴロゴロマッタリ?猫化している私です。
さて…ちょっと人間に戻って、今日はコーヒーのことについて書いてみよう。
昨年まで飲んでいたmaximのコーヒー豆がリニューアルして、量も減ったし味も落ちたので、最近はセブンイレブンのオリジナルブレンドを飲んでいる。
味も量も値段も満足です。
内容量は400gで税込429円、一杯10gとして40杯飲めて、一杯あたり10.7円。
これにミルク、フィルター、水(と言っても水道水)、電気、洗い物にかかる水道と手間…あとコーヒーメーカー本体の価格を入れても自宅で飲むなら安いものだ。
ちなみにフィルターはコーヒーの味を最大限に引き出してくれるゴールドフィルター。
4000円くらいだったように思う。
100枚入ってる紙のフィルターが税込100円としても、1日2杯ずつ飲むなら一年間で730枚で5年だと3650円、10年で7300円。
私のゴールドフィルターは既に8〜9年くらい使ってるけど丈夫です。
普段は軽く水洗いだけ、たまーーーに、洗剤つけて洗ったり、研磨スポンジで黒ずみを落としたり、でも汚れらしい汚れはあまりつきません。
コーヒーメーカーも、昔使っていたメリタのが(おそらく落雷で)壊れてしまって、昨年Amazonで安売りしていたティファールのコーヒーメーカーを買いました。3000円もしなかったように思います。
苦味がある方が好きなので、蒸らしを長めにしてます。今使っているコーヒーメーカーだと蒸らしとか無いので、最初に50ccだけお水を入れて、豆は普通に一杯分、スイッチ入れて、50cc分の水で抽出と蒸らしをするのが1回目。
少し時間が経ったら残りの水130ccくらい?を入れて、またスイッチを入れなおすと2回目の抽出。面倒臭がりの私でもゲームしてる間に手軽に美味しいコーヒーができてるわけです。
こんなやり方、コーヒー通の方には怒られそうですけど、自分が美味しいと感じる範囲で手間をかけるのがベストだと思います。
コーヒーのこと書いてたらまた飲みたくなってきた…。けどカフェイン効きすぎるので不眠体質の私に17時過ぎのコーヒーは…。
とりあえずハーブティーでお腹をごまかそう。
ハーブティーのことはまたそのうち。
思い込みってどこから来るの?
時々、思い込みが激しいって言われるし、自分でもずっとそうだと思ってたけど、思い込みが激しいのは私ではなく相手の方なのでは?と、あることがきっかけで気づいた。
相手は自分を映す鏡だというけど…
これはこうじゃなきゃダメ
〜〜あるべき
〜〜しなさい
そういうふうに、ずっと育てられて来たし、社会に出てからもそういう人と関わることが多くて、そうせざるを得なかったのだけど…。
どちらかというと私は、あまり細かいことを考えずにとりあえずやってみて、やりながらここはこうした方がもっとキレイに仕上がるとか、ここはこうした方が速くなるとか、ここはこうした方が次の作業する人がやりやすいかなとか、あまり型にとらわれずにいろいろ試してみる方だ。
でも、
これはこうじゃなきゃダメ。
これはこうって決まってるから。
みんなこのやり方でやってるから。
という理由で、私のやり方はダメ出しをされる。
こうやった方がもっと良くなるはずなのに、なんで今までのやり方にそこまでこだわるんだろう…と腑に落ちないでいると、頭が固いとか、思い込みが激しいとか言われる。
こうじゃなきゃダメって押し付けてるのは周りなのに、出る杭は打たれるというけど、私みたいなのをダメ出しすることで自分たちのやり方が正しいと証明したいのね。
自分が正しいと思うことは、生きて行く上で必要な思考だと思う、けど、自分だけが正しいとか、自分は正しくて相手が間違ってると決めつけるのはどうかな。
移住してきてからというもの、こういう人や職場ばかりで、どこへ行っても叩かれ続けてきた。
道理で、精神的に参っていたわけだ。
今までずっと、環境に適応できないのは自分が悪いからだと思ってきたけど、悪いわけではないらしい。やっぱり、考え方が違うんだよね…私がそこに馴染めないだけ、別に悪じゃない。
自分が悪いと思うように、子供の頃から父に刷り込まれ続けたので、こういう考え方になっちゃったけど、それを壊せるようになりたい。
そう思えるようになったのは、見えないところでつながっている人たちのおかげです。
台所で洗い物しながら考えていた本のことを、あるブロガーさんが記事に書かれていてびっくりした…こういうことってあるんだね。
今日も今日とて、相変わらず選択削除で全消えなんだけど、迷いながらダラダラ書いてる記事って自分の思い入れがないから消えてしまうのかも。
何しろ書いてたことも半分くらいは覚えてないので、吐き出したこと(書き出したこと)で自分の感情の整理が少しでも出来て、消したことで、自分の中で少しでも消化できていれば、書くために費やした時間は無駄ではないのだ。
最近忘れっぽいと何度か述べたけど、忘れられないことが苦しみを増長させるなら、忘れてしまった方が良いと思っていたので、願った通りになってしまったわけです。
忘れる内容までは選べないけど、楽しいことを忘れてしまったら、また新しく作り直せばいいよね。日々是新た。日々を改めて生きよう。
私の聖書とも言える、松下幸之助さんの『道をひらく』
この本に出会わなければ、今の私は居ないだろうな。