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つぶやきノート

日々のアレコレを記録してます

ゴミ女、シンプルライフについて考える。

物を捨てまくっていた時期があった。

家族が物を捨てられないので実家がゴミ屋敷となってしまい、ただのゴミだけならまだしも、本、雑誌、ビデオテープ、郵便物、レシートや領収書、新聞、チラシ、古くて変色した衣服、壊れてしまった電化製品、それらが無造作に詰め込まれ積み上げられた段ボールや引き出しケース、壁一面に並ぶたんすと衣装ケースと本棚。そしてあらゆるものが床中に散乱していた。

捨てられないのではなく捨てたくない。いつか必要になるから。そんな理由で増え続けた物たちであふれかえった部屋は足の踏み場もなく、寛ぎや癒しを与えるべき居住空間は見るにおぞましい状態と化していた。

しかし片付けないわけにもいかず、捨てないわけにもいかず、どこから手を付けたらいいのかわからず途方にくれながらも一人で黙々と片づけをし、しばらくの間はその家で暮らしていた。

 

 その後こちらに移住してきて最初にしたことは、自分の生活スペースを確保するためにゴミだらけの部屋を片付けること。前に見たときはキレイだったのに、一年足らずで床中に散乱したゴミ、空き缶に紙パック、新聞、チラシ、郵便物

私の人生は家族のゴミを片付けるためにあるのではないか?とさえ思えるようなひどいありさまだったが、妹や甥っ子達に手伝ってもらってなんとか片付き、自分の荷物を運び込むことがでた。

 

移住したばかりの頃、欲しいものがあっても買えなかった。

田舎は給料が安い。その頃は東京で働いていた時の1/3程度の収入しかなかった。

買えないなら買えないなりに工夫して、家族が集まった時にくつろげるスペースを作ろうと、家の外や部屋の片隅に積み上げられた物の中からダイニングテーブルやイス、石油ストーブ、コーヒーテーブルなどを発掘し使い始めるうちに、捨てるつもりだった家具たちをもっと大切に使ってやろう、という想いが出てきた。

おそらく私の中に「まだ使えるのに捨ててしまった物たちへの罪の意識」みたいなのがあったんだと思う。私自身も度重なる引っ越しで色々なものを捨ててきたので、せめていま手元に残っているものたちは大切に使ってやりたい

 

私が小学生のころから家族でずっと使っていたダイニングチェアセットは、屋外に出されていた時期があったため木目はカビが生えて黒ずみ、座面も布が破けたりスポンジが出てきたりしてボロボロ。それでもちゃんと修理してやればまだ使えるんじゃないかと思って丹念に拭き上げ、捨てるのをやめた。

とりあえず座面はブランケットで覆ったり座布団を敷いたりした。この椅子は甥っ子や姪っ子が遊びに来た時、家族団欒の場で活躍してくれている。

 

冬、このあたりは標高も高く暖房といえば薪ストーブか石油ストーブが主流。電気ストーブやエアコンでは凍死してしまうだろう。しかし新たにストーブを買う余裕はなかったので、家にあったけど何年も使われていなかったストーブを掃除した。

始めはエラーで使えなかったけれど、細部まで丁寧に清掃するうちになんとか動いてくれて、一年ほど活躍してくれた。

昨年末、完全に壊れてしまったので諦めて新しいものを購入したが、このストーブが動いてくれなかったらどんなに大変だったろうと思う。「私を寒さから救ってくれてありがとう」そんな思いでお別れをした。

電気製品にこんな想いを抱いたことは今までなかった。

 

捨てるつもりだったものをもう一度使い始めてみる。

不思議と今まで以上の愛着がわいてくるもので、捨てようという気は無くなり、むしろそれらのものが完全に壊れてしまうまで使ってあげよう(偉そうだな・・・)という気になるのだ。

 

シンプルって、今あるものを丁寧に大切に使うことだと思う。

機能やデザインにこだわり始めたら、新しい機能を備えたものが出るたび、デザインに飽きるたびに買い替えていかなければならない。そうではなくて、今まで使ってきたものたちに感謝して、それらの温もりと愛着を感じて暮らすことではないかと思う。

 

Reduce(リデュース)、ごみを減らす

Reuse(リユース)、ものを大切に繰り返し使う

Recycle(リサイクル)、いらなくなったものを資源として再利用する

 

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がんばって働いてくれたストーブ(というか石油ファンヒーター)とサクラ氏