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つぶやきノート

日々のアレコレを記録してます

ぶれない軸をつくるとはどういうことか

これは、自己発見のためのブログである。

無駄に思考を巡らせすぎてしまう私が、いかに自己理解を深め、自己への信頼を高めていくかについての考察なので、つまらない上に長い。ちょこちょこ手直しはしているけれど、枝葉のようにあちこちに伸びた思考が、行き先を見失っている箇所も多く見受けられるが、現時点でできるかぎり簡潔にまとめたものである。

他人の影響を受けやすく、流されやすい一面があることを杞憂するがゆえに、備忘録としてここに記す。

いつかこれを読み返した時、自分が大きく成長していることを願う。

 

自分が読み返すことを前提として、自分自身のために書く。

楽しいこと、嬉しいことだけを書いて、キレイでポジティブな言葉だけを綴ることができたらいいなとは思うけれど、都会から田舎に移住してきて、今までとは違う風土の中で生活や仕事をしていくとなると、それなりに理不尽だと思うことや、解決できない問題も出てくるし、その中で溜まっていくストレスや消化不良、できれば見たくない自分の黒い部分や欠点とも向き合っていかなければならない。

しかし、目を背けたくなるようなネガティブな自己の中にも、己を形成している”核”となる部分がある。それらの”欠点”と言われるものたちと、きちんと向き合うことで、自己への理解が深まり、今までより自分を好きになることができるのではないかと思う。

 

そう、私はたぶん自分のことが嫌いなのだ。嫌いという表現はふさわしくないかもしれない。「自信がない」自分の考えや発言に自信がない、そして批判されることを常に恐れている。それは子供のころから否定や批判をくりかえされ、抑圧されてきたことの結果なのだろうと思う。

 

人は育ってきた環境によって人格を形成される。

だからといってその環境を恨み憎んでも、今さらどうにもならないし、歪が大きくなるだけ。今の私にできることは、それらの「過去を受け入れ許す※1」ことと同時に「自分自身を好きになるための努力をすること」だけ。あらゆる自己啓発の本にも書かれていることだが、自分を救う方法はこれ以外無いことに、自身の経験を通して気付かされることとなった。

(※1:許すという表現は傲慢な印象を与えかねないが、現時点では他に言葉が思いつかない)

他人に認めてもらうことも一つの手段だと思っていたこともあったが、自己の確立なしに相互依存は起こり得ない。一時的に相成っても長続きしない。自分という土台(=軸)をしっかり築きあげることが優先される。これは、その工程である。

 

自分を好きになるために何をしたらいいのか?

自分を他人と比べないこと。それと、自分のネガティブな感情に蓋をしないこと。プラスの感情もマイナスの感情も、自分を形成しているものとして受け入れることが必要だ。自分が何に怒り、何に悩み、何に悲しみ、どんなことに幸せを感じ、何を大切にしていたのかを知っていくこと。それらを理解し、受け入れること。

 

それでも、他人の言葉に過敏になりすぎて、時には相手のなにげない一言で自分の築き上げてきたものが一瞬で崩れ去ることもある。けれど、どんな人でも多かれ少なかれ批判はされているのだと思う。いつも明るくポジティブで、自分大好きに見える人は、たいていそれらの批判を受け流すことができるメンタルの強さが備わっている人だと思う。

 

本当にポジティブな人は「前向きに生きよう」という意識さえ持たない。

昔、ある人と話していて目からウロコだったこと。生活もそれなりに充実し、仕事の後はスポーツジムで汗を流す習慣もつき、嫌なことは汗をかいて忘れる。身体を鍛えることで自分が日々高まっていくように感じる。昔の自分と比べるとずいぶんと前向きなライフスタイルを送っていた頃、久々に会った友人に、ポジティブになった自分自身のことや生き方についての考えを述べたところ、「ポジティブになろうと思っている時点で既にポジティブじゃないよ」と、とてもあっけらかんとした明るい口調で言われたことがあった。とても深い言葉だと今でも思う。

 

 その言葉とその人の生き方から推測するに、「他人の意見に左右されず、なんでもかんでも深く追及して考えない」ところにポジティブな生き方のヒントがあるように思う。

私自身もよく言われる「そんなに考えない方がいいよ」「気にしないほうがいいよ」「気にしてたら疲れちゃうよ」もっともな意見であるが、そんなに簡単に割り切れないからこんなにも悩んでいるのに。自分に自信のない人間が誰かに何かを言われて考え込んでしまうのは普通の流れだと思う。それを「気にしない」ようにするにはどうしたらよいのか?私自身が出した答えは、メンタルの強化と自己への信頼を高めること。

周りの人の批判や中傷などにも動じない、ぶれない軸を作ること。(他人の意見に耳を貸さないということではなく、いわれのない批判に動じないということ)

 

ぶれない軸=自己への信頼

 

そもそも他人の言葉に過敏に反応したり、心を痛めたりする必要などないのかもしれない。人の意見を参考にすることは自己成長に欠かせない要素ではあるが、言われたことを理解したら、自分の中にどれを残すか、選んでいかなければならない。

そして取捨選択の基準となるものは、その人の経験や価値観によるもの。自分への理解が浅ければ浅いほどこの作業は難航する。だからこそ、プラスもマイナスもなく、自分という人間は普段から何を考えているのかを理解しておく必要がある。

もちろんそれらの選択をした後の責任は自分にかかってくる。「○○さんにこう言われたから」という理由や言い訳は通用しない。

 

時には今までの自分とは違った価値観を受け入れなければならない場合もあるし、その行為は痛みを伴うこともあるだろう、けれど、自己の器を広げたり、伸ばしたりする際に痛みは伴うもの。痛みを感じたくない時は、他人の言うことなんて右から左に聞き流すか、シャットアウトすれば楽に生きられるだろう。

だがそれでは、いつまでも、いくつになっても主観でしか物を見れない視野の狭い人間になってしまう恐れがある。

かといって、すべての人の考えや意見に賛同していけば八方美人だとか軸がないとか言われる羽目になる。

 

私の理想とするのは「たいていのことは受け入れるか受け流すが、”これは譲れない”という物事に対してはきちんと考えを表明できる人」である。

さらに言えば、できるだけ戦わず、感情的にもならず(感情で物を言っても相手には響かない)柔和な姿勢で周囲と接することのできる人。

また、他人の価値観と自分の価値観は違うものとして捉え、自分の考えを押し付けすぎないことも必要になってくる。誰しも自分の考えが正しいと思っているけれど、その正しさを振りかざしてしまうと賛同が得られるどころか逆に反感を買うこともある。そこから要らぬトラブルの連鎖反応を起こす場合もある。

誰かが自分とは全く異なる意見を持っていたとしても、「そういう考え方もあるんだね」と思えるかどうか、戦わない※2というのはそういう意味である。

(※2:もちろん何かしらの決定を下す必要がない場合に限られてくるが)

 

ここまでいくとそれなりの人格者であるが、それでも何かしらの批判をする人はどこにでもいる。しかしこういう人は不当な批判に取り合わないスキルが完成していると思う。

 

先日読んだマンガに「お客さんみんなの意見を参考にしたら、自分のこだわっていた持ち味=”個性”が生かせなくなってしまい、ラーメンが不味くなった」という話があったのを思い出した。人もこれと同じなのかな。

 

日々いろんな思考をめぐらせて、気付きを得るけどやがて忘れてしまう。ここは、私にとって思考を広げる場であり、情報と感情を整理する場所でもある。(なので感情的になっている時には批判的なことを書いてしまったりもするが、あとから見直して修正することも多い)

考えたこと、感じた事、眠っている記憶を掘り起こしながら何度も何度も書き直して、上書きして、繰り返し自分を見つめなおすことで、自己への信頼を高めていく。

 

なぁ~んにも考えずにいろいろなことを受け流せたらどんなに楽だろうと思う。

「悩まない」という生き方ができる人は、先天的なものもあるだろうし、育ってきた環境で培われたものもあるだろう、もちろん人生の中で積み重ねた経験によって習得する人もいるだろう。だがこの「悩む」もしくは「考える」という作業は「家族のゴミ捨て」と同じように、私に与えられたひとつの役割なのではないかと思う時がある。ずいぶん昔読んだ本に「悩むことは一つの才能」という表現があったと記憶しているが、この才能をいつか何かの役に立てることができるのではないか、そのような希望を抱いているからこそ、続けられる作業なのかもしれない。

今のところ、(まだまだ成長の余地があるにしても)このいろいろな視点で物を考えられる能力は、妹の役には立っているようなので、それで充分である。

 

 

~さいごに~

以前、「たるをしることについて」という記事の中で、「不完全であっても、今のままの自分を受け入れる」ということを書いた。できることならそうしたかったし、それができるようになることも自己成長だと思っている。

けれど、複雑な人間社会の中で生き抜いていくには自己を改変し、適応する能力を高めていく必要も大いにあると痛感した。(それは、ぶれない軸を否定するという意味ではないことをご理解いただきたい)

 

 

そんなわけで、この記事はこれにて収束とする。

もしもこんな長ったらしい記事を最後まで読んでくださった方がいたら、ありがとうございます。

 

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いっぱい考えた後は、肩の力抜いて、楽に行こう~。