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つぶやきノート

日々のアレコレを記録してます

生前整理としての断捨離

新しい仕事に就くにあたり、ライフスタイルの変化が求められることとなった。
 
ROOTOTE、NIKEBIRKENSTOCK、ジーンズやカーゴパンツやコットンバックや手ぬぐいをこよなく愛するナチュラル・カジュアル嗜好の私にこの変化は経済的な負担も大きいが、今までの自分を改め、新しい習慣を取り入れるにはいい機会だと思う。
 
夜型のシフトから朝方のシフトへ、それはより健康的な生活を送ることを示唆する。
 
思い立ったらすぐ実行型の私は、昨晩、タンスや本棚、書類などを見直し、今後不要になるものや、長年着て変色し始めた服、昨年秋購入したばかりにもかかわらずボールペンのシミをつけてしまった服などを処分をすることにした。
 
気に入ってるけどさすが着すぎてにボロボロすぎるレース素材のものや、年々出番が少なくなっていくものや、お気に入りのカットソーに合わせて買ったけどそのカットソーが先に旅立ってしまい以来着なくなったカーディガンなども。
 
服は、猫を飼っていること(毛が服に着くので)と、黒い服の割合が多いので、全て必ずネットに入れて洗っているのだが、けっこう持ちがいいように思う(洗濯機の時間も毎回手動で行い、かなり短めに設定している)。
ちなみに現在部屋着にしているアニエスbのボーダーTシャツは15年くらい前に買ったものだが、まだまだ着れる。素材って大事なんだなぁと実感。
 

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中学生の頃、母に買ってもらったタンス。その中に入る分だけの服を所有することにしてから、定期的に見直しをしてきたのだが、いままでなかなか捨てられなかった「スポーツジム週6通い」時代のウエアも、年齢的にちょっと無理かな?という色、デザインのものを処分することとなった。あと、はき心地の悪いスパッツも・・・。

 
本も、棚に入る分だけの本しか持たないと決めてからは、読み終えて今後読み返すことがなさそうな本はリサイクルショップに持ち込んだり(ちなみに売ってしまった後でまた読み返したくなったときは古本屋やamazonの中古本などを購入する、安いもので1円+送料)人にあげたりしていたのだが、そうこうしているうちにあまり買わなくなった(本屋に行く機会も、本を読む機会もずいぶん減ってしまった)。本当に読みたい本を今まで以上に厳選して買うようになったので、今、棚にある本は気が向いたときにちょこちょこ読み返している。
 
バックも電車などで通勤していた頃は季節によって色・素材を変えたり、出先によってリュックやショルダー、手持ちなど使い分けたりしていたが、今は車で移動するため、車に置きっぱなしのものと、バックに入れておくものが分かれているので持ち物はずいぶん少なくなったし、バック自体の数も減った。
 
職種や勤務時間帯、交通手段、住む土地とそこでの暮らし方が変わると着る服や持ち物から食生活までもが変わっていくけれど、部屋の中にあって私を癒してくれるものは変わらないどころかどんどん厳選されているように思う。
 
もともと片付けや掃除などは好きな方で、何かに行き詰まったり迷ったり悩んだりすると身の回りにあるものを処分したり片付けたりする、という不思議な癖があった。中学生の頃、テスト前になると突然片付けを始めたり、いらないものを処分し始めたり、一種の現実逃避願望なのかもしれないが、そのおかげで昔からいつも身の回りのものは整然としている。
 
しかし、あることがきっかけでさらにその「物を捨てる」ということに自分の生き方を模索する意味を重ねるようになった。
 
母を亡くし、その3年後に弟を亡くした。母の葬儀の際、実家の大掃除をすることとなり、その後しばらく実家を離れたが、弟が他界して約一年後実家に戻り、家族の遺品整理と実家の大掃除をすることになった。その頃かその少し前か、「アントキノイノチ」というさだまさしさん原作の映画を見て「遺品整理」について深く考えさせられた。
 
遺品整理というのは、遺された家族にとってはつらい作業だと思う。遺品整理をすることで「その人の死」と向き合うことになるからだ。私はその作業を終えても「家族の死」をどう受け止めたらいいかわからない。昔よりは、はるかにましになったとは思うが「あるはずだったのに失われてしまったその先の人生」について考えずにはいられないのだ。
 
私にできることは・・・自分の人生を全うして、やがて遺される人の苦しみを少しでも軽くすること。死ぬ時は、小さな小さな風呂敷ひとつ。そこにつまった楽しい思い出、思い出した時はいつも笑い話にされるような、そんな生き方ができたらいいなと思う。自分が死んだことを、悲しんで悲しんで生きてほしくない。だから死に方は選ばないけど生き方は選びたい。何を残して何を捨てるか、傲慢かもしれないけれど、選びながら生きたい。
 
突発的にこんなことを書いてしまったのでなにか変な表現があるかもしれない。後日、要、修正。